山の向こうに夕陽が沈むのを眺めながら歩く。刻々と変わっていく、空と雲の色がきれい。朝も昼も夜も同じところに立って、橋や積みわらの連作をたくさん遺したモネの気持ちが、私にもちょっとだけわかるような気がする。
見とれてしまう。
何気なく反対側の空を見ると、小学校の校舎のすぐ上、藤色の空に月がかかっていた。それも輝くような満月。大きい。
こんなタイミングで、全然別の風景が同時展開していることに驚く。昼が過ぎ去る前に、もう夜は始まってるんだな。
うちのお弁当は、家族から「クローン・ランチ」と呼ばれている。炊き込みご飯のおにぎりを冷凍したもので、朝、各自がそれを3個ずつ袋に入れて学校や職場に持っていく。
お弁当といっても、ただそれだけ。毎日毎日同じものを食べているので、私は会社の同僚から少し呆れられている。
いい加減、飽きない? と夫に聞いてみたが、美味しいから別にいい、むしろ朝冷凍庫にそれがないと絶望感に襲われる。実は今朝は1個もなくて打ちのめされたんだ、と言われた。
ごめん、ごめん。じゃ、いっか。
炊き込みご飯の作り方は、もう決まりきっていて、味付けもいつも同じ。お米4合をといで、水加減は普通にし、そこへ具をドバドバ入れ、うどんスープの素(ヒガシマル)をふりかけて炊く。炊き上がったら炊飯器の蓋を開けて少し冷まし、12個のおにぎりにする。
ごぼう、にんじん、ツナ缶、キノコ、油揚げ、その他野菜の切れ端などを入れて、今日はこんな感じ。
12個あっても、あっという間に無くなるので、これを週に2回から3回繰り返している。メニューに頭を悩ますことも、早起きすることもない。もはや脊椎反射で作れるお弁当なのである。
夫は私を連れて逃げるつもりだったのだろう。悪口や批判は一切口にせず、ある日の礼拝の帰り道、ただ一言、もうあの教会には行くのはやめるよ、とだけ私に告げた。
けれども、私には神様の心がわからなかった。そもそも、人がどの教会に通うのかは、神様から出ること。決定権は神様にあり、私に選択の余地はないと思っていた。つまり、もし神様が「別のところへ行け」というなら、光の速さで飛び出すべきだし、「ここにとどまれ」というなら、岩のようにとどまるべきという理解である。
自分はまだ何も聞いていない。そう思った。
決定権は神にあるという流れで脱線するけど、アブラハムなんて、とんでもないことを神様から語られたとき、妻のサラにさえ相談しなかった。明確に語られたら、相談する余地はない。
「サラ、お前どう思う? 神様が、昨夜、うちのイサクを生贄にしなさいっておっしゃったんだよ」
そんなアブラハムはありえない。
もちろん、サラの心情としては、蚊帳の外感がぬぐえなかったはずだ。山から下りてきたアブラハムとイサクから事の顛末を聞かされたとき、寿命が縮むほど驚いただけでなく、母であり妻である自分がないがしろにされたと感じただろう。
「お願いだからアブラハム、そういう大事なことを勝手に決めないでちょうだい。息子の命のことなのに、なんで相談してくれなかったの。言っとくけど、あの子産んだのは私よ。しかも90過ぎの初産だよ。産むのも大変だけど育てるのも大変だったんだから。分かってる? 絶ーっ対分かってないよね。いや、ゴメンで済んだら警察いらないって」
こんな感じで憤慨したか、2.3のため息くらいはついたことだろう。(妄想)
さて、夫の通い始めた教会は穏やかで、メッセージもフォローアップも伝道体制もしっかりしていて、とても良い雰囲気だった。家からも近い。でも、そこにも集うなかで、なぜか私は、自分のいるべき場所はここではないという確信を深めていった。そこで祈れば祈るほど、その教会の空気が、私を静かに押し出すように感じられた。
そしてふと、ひとつの御言葉に目が止まった。
"ただ、あなたがたの神、主がご自分の住まいとして御名を置くために、あなたがたの全部族のうちから選ばれる場所を尋ねて、そこへ行かなければならない。"
申命記 12章5節
主が選ばれた場所、というフレーズに心がときめいて、そのとたん、胸に涙が満ちた。神様が私のために選んでくださった場所がある。そこへ戻ろう。そして、しなさいと言われることをして、ただ神様の御言葉だけについていこう。
そんなふうに思った。
ー神様。たとえ私ひとりであったとしても、私はそこに立ち続けます。
私の所属教会には、かつて「プレイヤー24」というリレー式の祈りのグループがあって、私たちは長きにわたり、家族でスタッフをしていた。しかし、メンバーからコロナ罹患者が次々と出て祈りをつなぐことが難しくなり、やがて教会堂も閉鎖。活動再開の見通しが立たなくなってしまった。プレイヤー24は、解散(つまりは解雇)を余儀なくされた。
このことは教会全体にとっても大きな痛みだったが、実はまだ災いの序章に過ぎなかった。
祈りが止まったその後は、まるで何かの封印が解かれたかのようだった。もともと水面下にあった教職者同士の対立の表面化や、分裂分派への動き、教えの著しい逸脱、マニュピレーション、さらに不正会計と献金横領の発覚などが続き、教会は激しく紛糾することとなる。
分裂の温床となった不正会計(裏金工作)については、成り行き上、私自身が実名で告発しなければならなかったが、関係者の処罰や使途不明金の解明には至らなかった。もみ消されたためである。
こういうわけで、短期間に多くの人が失望して去り、教会はアイデンティティを失い形骸化。礼拝にはなんの力もなくなった。そして、ここはバベルの塔なの?と思うくらい、お互い意見も噛み合わなくなり、私も心底疲れ切ってしまった。
夫は、このときに出ていったのである。
今、私と夫はべつべつの教会へ通っている。
昨年の夏頃、「(自分の教会のほうへ)正式に移ることを考えてほしい」と夫から打診された。それで、私も何度か夫の教会に参加していた。もちろん、所属教会の許可を得てのことであった。
夫婦が違う教会に通うのはあまり良くないので、私たちのようなケースでは、妥協点を探って折り合いをつけることが多いらしい。月一でどちらかの教会に夫婦で出席するが、それ以外は自由とか。おそらく、私たち夫婦の今後についても、双方の教会が心にかけて見守ってくださっていたのではと思う。
でも結果的に、私自身は、自分の教会にとどまることを決めた。長くなりそうなので、今日はここまで。