きまたまジャーナル

オーロラの海に浮かぶ氷山と、アーモンドの花冠

大雪坂のイナカ 少女の嘆願

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今週のお題「試験の思い出」

 

試験といえば、公立高校の願書提出日が、大雪の降った翌日だったことが、記憶に残っている。

 

わりあい暖かい地方に暮らしていた私にとって、雪というものはあまりなじみがなかった。多少積もってもすぐ溶け、道はほぼ乾いてしまうから、長靴で歩く習慣もなかった気がする。

 

高校の願書提出日には、生徒は中学にいったん集まり、それから志望校ごとに分かれて、集団で高校に向かう。前日に積もった雪も、アスファルト上はかなり溶けていて、ワクワクしたのは昨日だけ。普通に登校して普通に願書を持たされ、(へえ、この子もここ受けるのか…)という空気の中、最寄り駅までゾロゾロ歩くことになった。

 

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私の通っていた中学はかなりの高台にあった。学校からの「最寄り駅」というのは、ふだんの登下校では使わない「裏門」から長く続く、急勾配(下り坂)の先にあるという。

 

ところが裏門に来てすぐ、耳と目を疑った。残り雪と雪解け水で真っ白に凍りついた広い坂道を、ローファーを履いた無数の生徒たちが、絶叫をあげながらすべり落ちていくのだ。

 

まるでゲレンデのような光景。(みな制服である以外は)。この急勾配は校舎の日陰にあり、極めて寒く、雪はとけなかったのである。

 

「こわい! こわい! こわい!」

「すべる! すべる! すべる!」

「折れる! 折れる! 折れる!」(願書が)

 

縁起でもないと思った。しかし、ほかに道がない。すべっていくしかない。

 

「こわい! こわい! こわい!」

「すべる! すべる! すべる!」

「折れる! 折れる! 折れる!」(願書が)

 

私もまったく同じことを叫びながら、下り坂を果敢に落ちていったのである。

 

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落ちる途中、中腰で泣いている女子を見た。中途半端な位置まですべって来たものの、結局どうにも身動きが取れなくなったのだろう。

 

しかし、ここはスキー場ではない。願書提出には締め切り時間がある。私は心をオニにして、彼女を見捨て、自分がたどり着くことだけに専念した。戦後の引き揚げって、きっとあんな感じなんだろう。

 

その急勾配であまりにテンパったせいか、ようやく志望校の窓口に着いた私の頭の中は、もう別にそれ以上焦る必要もないのにまだ焦っていて、かばんから願書を取り出しながらよだれをタリーっと垂らした。

 

「大丈夫ですよ」

 

と事務のおじさんに言われたけど、何が大丈夫なんだろう。ああ、間に合いますよってことか。恥ずかしい。

 

帰りもまたあの急勾配を、今度はローファーで登ったはずなのだが、それはまったく記憶にない。

 

ちなみに、私はその高校に無事進学し、事務のおじさんに再び会うことはなかった。ハッピー・エンドである。坂の中腹で泣いていた彼女は、私立のお嬢様高校に無事進学した。たぶん、こちらもハッピー・エンドである。